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早稲田大学の成り立ち

都の西北早稲田の杜に、という校歌で有名な早稲田大学は、日本で1番古い私立大学と言われております。

大隈重信が1881年の政変(自由民権運動からの憲法制定論議によるビスマルク憲法か議院内閣制の憲法にするかの争い)で下野したことにより設立され、早稲田大学の前身となる東京専門学校が設立されました。大隈重信がイギリスの政治に影響を受けているためかイギリス流の政治経済学部を中心に教えることとなる大学を設立しました。このため早稲田大学は政治経済学部が看板となる大学です。早稲田大学は、伝統的に政治改革を求める気風が強い大学なので、政治経済学部を中心として政治やマスコミの分野に多くの卒業生を輩出してきました。また日本を代表となる4大名門総合大学(東京大学、京都大学、慶應義塾大学と早稲田大学)と呼ばれる1つとして国際的にも認識されております。

早稲田大学は1882年に早稲田大学の前身となる東京専門学校が開講されます。このときの学科は政治経済学科、法律学科、理学科と英学科を設置されました。1902年には早稲田大学に名前を改称します。翌年1903年には高等師範部(現在の教育学部)が記され、最初の早慶戦は三田網街の球場で開催されます。1907年には校長・学監制が廃止されて総長・学長制が採用されることになります。これにより大隈重信が総長となり高田早苗が学長に就任します。1917年には早稲田騒動が発生。1920年に大学令による大学と成り、政治経済学部、商学部、文学部、法学部、理工学部と大学院を設置します。翌年1921年には女性12名を聴講生として受け入れます。

太平洋戦争終了後1949年に学制改革により新制早稲田大学となります。1951年には修士課程の6研究科を設置するとともに旧制となる専門部や高等師範部が廃止。1953年に博士課程を設置します。その後国際部や社会科学部が設置されるとともに研究所などの設置。1980年に商学部で入試の不正入試が発覚し、教職員から逮捕者や自殺者を出すことになります。平成の時代になっても学部や学科を増やしており2004年には法科大学院を設置。

現在では東京に6つのキャンパスと埼玉県と福岡県にもキャンパスを設置しております。早稲田大学の中心となる早稲田キャンパスは新宿区西早稲田にあり交通の便利な場所です。早稲田大学は付属学校として専修学校、高等学校と中学校があり系列校(別の学校法人が設置している学校ですが、早稲田大学の推薦入試枠がある学校)が学校法人早稲田実業学校や学校法人早稲田高等学校等5つの学校があります。

早稲田大学の著名人はサッカー選手の卒業生も多いのですが、政治家や芸能人も多くの人が活躍しており、竹下登氏、森喜朗さん、田中真紀子さん、皆藤愛子さん(キャスター) 、久米宏さん、北大路欣也さん、若山牧水氏(歌人) 、種田山頭火氏(俳人) 、北原白秋氏(詩人) 、国木田独歩氏(小説家) (東京専門学校英語普通科中退) 、江戸川乱歩氏(小説家)などの著名人がおります。