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慶応大学の成り立ち

慶應義塾大学は、中津藩士であった福沢諭吉が藩の命令によって中津藩の中屋敷内に1858年に開校した蘭学塾が起源となっている大学です。慶應義塾大学は、早稲田大学とともに私学の両雄と呼ばれている私立の有名な大学です。

慶應義塾大学は、日本で最初にカリキュラム制定を導入した近代的教育システムを採用した学校となります。また、日本の学校において定額の授業料を納入させた最初の大学で、この考えは福沢諭吉の発案であると言われております。そして、日本の風習では従来なかった演説を最初に取り入れた大学でもあい、日本で最初となる演説会堂の三田演説館が明治8年に建てられました。

慶應義塾大学は、1858年10月福沢諭吉が開いた蘭学塾が起源となっております。1863年には蘭学塾として始まりましたが、福沢諭吉が横浜見物でオランダ語が通用しない事を知り蘭学塾から英語塾に変更。1867年に芝新銭座に新たな土地を購入し移転します。

翌年1868年にその年の年号となっている慶應を塾の名前として慶應義塾と改めます。1871年に現在の慶應義塾大学の本拠となる三田の土地に移転。1880年に西南戦争の影響から生徒数が激減してしまい、塾の経営が危機に陥ります。福沢諭吉は一時塾の廃止を決意しますが、小幡篤次郎や浜野定四郎の協力で慶應義塾維持法案が作成されこれにより経営危機の難題を乗り越えることができました。

翌年1881年に慶應義塾仮憲法を制定する。1885年には今の慶應義塾大学の校章となるペンの記章を塾生がつけはじめる。1889年に慶應義塾規約が制定され、この規約の内容はその後若干の改定がありましたが、今に至っております。1890年に大学部を発足し、文学科、理財科と法律科を設置。1899年には私立として最初の海外留学生を派遣します。

1906年に大学院を設置。1920年に大学令による大学として発足し、文学、医学、法学と経済学の4学部からなる総合大学となります。1939年に慶應義塾大学出身の藤原銀次郎の尽力により工学部の前身である藤原工業大学を日吉に開校します。1944年に日吉に開校していた藤原工業大学が慶應義塾大学に寄付され、工学部として引き継がれます。

1947年に通信教育部を設けることになり翌年1948年1月から開講されました。1965年には慶應義塾大学の財政の立て直しのために塾債の発行が決定されます。1990年に湘南藤沢キャンパスを開設し、ニューヨーク学院高等部を開校。2013年に横浜初等部、慶應大阪シティキャンパスを開設しました。
参考:慶應義塾年表

慶應義塾大学の著名人は、中村雅俊さん(歌手、俳優) 、加山雄三さん、一青窈さん、中野美奈子さん(元フジテレビアナウンサー) 、石坂浩二さん、小泉純一郎さんなどテレビでも有名な人たちがいます。