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学生運動の歴史

学生運動とは、政治・社会に対して行われる活動で、組織の主体は学生です。
世界の学生運動は、中世ドイツの大学自治権要求運動が起源と言われています。
当時の学生は政治と社会に批判的であり、社会変革として学生運動が行われました。
その後、1960年後半には、アメリカ・中国・フランス・日本と世界各地で学生運動が起きますが、
この運動はベトナム戦争のアメリカに対しての批判でありました。

大正デモクラシー

日本での学生運動の歴史は、大正時代、民主主義・自由主義の風潮が高まる、
つまり大正デモクラシーの時期に起こります。
その後戦後になり、1959年から1960年に安保闘争が起こります。
これは、日米安全保障条約に対して、
学生・労働者・市民が参加し、反政府・反米運動で、暴力と暴動の激しい運動でした。

学生が主体では、1960年後半から1970年前半に「全共闘運動」が盛んに行われました。
この運動の背景には、ベトナム戦争や日米安全保障条約、また学生の学費値上げなどが原因と言われています。
全共闘運動は、各大学で結成されました。結成された時期や目的、活動方針は大学によって違いますが、
中でも、東大全共闘と日大全共闘が有名です。マスコミが「大学解体」「自己否定」と大きくとりあげた為、
日本各地に知れ渡りました。機動隊との衝突では、火炎瓶や石を投げたり、
バリケードやゲバ棒など非常に激しい暴力を伴った運動でした。

1970年代には、全共闘運動は内部ゲバルト(内部暴力、内ゲバの正式名)、リンチ、テロと、さらに過激になり、今まで支持をしていた、知識人や一般市民らが離れていきました。この時代で有名なのが、「連合赤軍」や「あさま山荘事件」です。
各地で暴力が蔓延された大学も次第に落ち着きをみせますが、その風潮を打ち消す為に過激化された事件とも考えられています。

1972年には沖縄返還など、アメリカ文化も浸透し、日本人の反米感情が次第に無くなっていきます。
日本社会が豊かになっていくのと同時に、学生運動も衰退していきました。

学生運動少なくなる

1980年代は、積極的に学生運動を行う学生も少なくなります。
ただ、新左翼党派に入っている学生の一部が運動を行いますが、日本社会が豊かになった80年代は、学生生活を謳歌する学生の方がはるかに多くなりました。大学側も勉学に集中し、学生生活を楽しめるように体制を見直すようになりました。

現代の学生運動は、2008年にリーマンショックが起こり、内定切りや派遣切りに対してのデモ活動や、
2011年以降から脱原発デモ活動などの動きがありますが、1960年代の様な暴力的な学生運動は起きていません。