駒澤大学

駒澤大学はスポーツでも文科系でも知名度が高い

駒澤大学は、陸上、サッカー、野球、ボクシングなど体育会系が有名ですが、近年、吹奏楽部の活躍も目覚ましく、知名度を上げてきています。

文禄元年、実に1592年という時代に、駿河台吉祥寺にて創設された学林を歴史の始まりとしています。
禅の実践をはじめとして、仏教の研究や漢学の振興などが目的で、1657年、吉祥寺駒込に移転、当時、忠僕の名僧と謳われた陳道栄が旃檀林と命名しました。
この名は駒沢大学の校歌で今でも謳われています。

吉祥寺学寮を中心に、青松寺学寮、泉岳寺学寮などを統合し、1882年、曹洞宗大学林専門学校本校、1905年に曹洞宗大学、そして大学令によって駒沢大学となったのが1925年です。

見学の精神は仏教の教えと禅の心を現代的に教育に活かすという事です。
なかなか難しい見学の理念は、わかりやすい言葉として、「行学一如」と「信誠敬愛」という言葉で示されています。
「行学一如」というのは、修行と修学は一体であり、お互いに影響しあい発展していくという禅の思想に基づくものです。
「信誠敬愛」は、大乗仏教にとく、自利、利他の精神を遂行し、事故を磨くためには己の真の心をもって、他社のために尽くすときには深い慈しみの心をもってすべきという事を表しています。

こうした仏教の深い教えが駒澤大学の建学の理念となっているのです。

駒澤大学の沿革

駒澤大学には、7学部、17学科、大学院に8研究科、15専攻があります。
専任教師も多彩で、4年間主に駒沢キャンパス、大学院は深沢キャンパスを中心に学びます。

関ヶ原の戦いより前、1592年、文禄元年にその歴史が始まった駒澤大学は、当時、学林という曹洞宗が禅の実践と仏教の研究、さらに漢学の振興を目的に作ったもので、吉祥寺会下学寮と呼ばれていました。
その後、吉祥寺駒込に移転したころ、中国の名僧である陳道栄により「旃檀林」と名付けられ、1875年に、曹洞宗専門学本校を青松寺獅子窟学寮内に開校します。
後に吉祥寺に移転し、旃檀林と合併、さらに1882年麻布北日ヶ窪に校舎を新築移転、校名が曹洞宗大学林専門学本校となり、駒澤大学はこの日を開港記念日として式典等行っています。
1904年、専門学校令によって大学として認可され、1905年校名を曹洞宗大学、さらに1913年に現在地に学校を移転、1925年、大学令によって大学として認可と同時に、駒澤大学という名称に改称します。

この駒澤大学という名称に改称した時、寺院の弟子以外、一般の学生も向学心あるものなら、勉学の場として学校の門戸を開いたのです。
仏教を学ぶ場として作られた修行の場、弟子以外学ぶ事の出来なかったところに、一般の学生が入る事によって、学問は大きく一般に広がっていったのです。

駒澤大学は、仏教の教えの中に現在の駒沢大学を成長させ、ここで学び、人の役に立つ人の心のわかる人間形成への育成を行っているのです。