筑波大学

筑波大学の歴史とは

筑波大学は新構想大学という事で開学以来40年が過ぎました。
時代をさきがける大学という事で常に努力を継続している筑波大学はどのような歴史を持っているのでしょうか。

筑波大学は東京教育大学の移転によって、その伝統と特色を活かし、大学に対して内外からの様々な養成に応えるという指針をもって抜本的に大学の改革を行いました。
1973年、開かれた大学、教育と研究の新しい仕組み、新しい大学自治という特色を打ち出し、総合大学として発足したのが始まりです。

大学改革の先導的役割を果たしながら、教育研究について、高度化、さらに大学を個性化し、大学運営の活性化等、国際競争力のある大学を目指して日々、推進している大学です。

筑波大学というと、新しく筑波に誕生した先進的な大学というイメージがありますが、より高い人材づくりをするための努力を始まりから現在、また未来まで見据えて続けている大学なのです。

筑波大学のヒストリー

東京教育大学、5学部を移転するため、候補地の調査を開始したのが1962年です。
翌年、研究学園都市と筑波地区に建設する事が閣議で了解され、筑波地区への移転予定機関として、東京教育大学等36機関を閣議で了解を経て、1970年、筑波研究学園T熨斗建設法成立から調査、1973年に国立学校設置法等の一部改正の法律によって筑波大学を設置、第一学群、医学専門学群、さらに体育専門学群、および付属図書館という施設をもって開学となりました。
この時学長に就任したのが三輪知雄氏です。

その後、1976年、宮島龍興氏が学長に就任し、その年、附属病院を開院しました。
1977年には第三学群、さらに1978年には東京教育大学を閉じ、医療技術短期大学部を併設します。
1980年、福田信之氏、1986年に阿南功一氏が学長に就任し、1998年に北原保雄が学長に就任しています。

様々な学部や科の設置、再編、変更などを行い、現在は永田恭介氏が学長に就任され、先進的な大学づくりが今も継続しています。

筑波大学の目標

あらゆる面で開かれた大学を目指すというのが筑波大学の目標です。
固定観念にとらわれず、教育研究組織としても柔軟であるようにと、常に新しい大学の仕組みを実現すべく、率先する事を基本理念として掲げています。

大学改革を先導するという役割を持っている筑波大学は、人類社会が調和のとれた発展を遂げていくために、大きなキーとなる拠点として存在する大学です。
世界が直面している問題について、解決に不可欠な大学であるために、個性と自立を主軸に、様々な問題に主体的に貢献できる人材の育成、創出を目標としています。

自然や人、文化、社会などをこの先、どのようによく変化させていくか、その主導となる人を育成する大学、まさしく筑波はこうあってほしい大学のお見本的な存在です。