法政大学

法政大学の始まり

法政大学は1880年にその歴史が始まっています。
非常に歴史深く、日本の私立大学の中でも実績と経験が詰まっている大学です。
法学の先人たちが情熱を注ぎ、学問の指導を受けたいと願う若者たちが集い、自由と進歩という学風が次第に作られていきました。
誕生は東京法学社、そこから法政大学が作られ、民主主義の精神に基づき、公共御福士に貢献する人材の育成を行い、多くの素晴らしい人材を輩出しています。

2010年には創立130周年という記念の日を迎え、変化を恐れることなく常にチャレンジするという理念、歴史や伝統に甘えず、常に進取という気持をもって新しい改革に挑むという気持を持った大学です。

東京法学社という学校から

在野の法律家、金丸鉄、伊藤修、薩埵(さった)正邦たちが東京駿河台北甲賀町に東京法学社という学校を設立しました。
この時代、自由民権運動が積極的に行われており、近代法制度の整備が急ぎ進められていた時代です。
この当時の新気運に呼応するように誕生した学校だったのです。

当時より法律を講じるという講法局だけではなく、弁護の実務訓練を行う大言局を持っており、当時としては先進的な指導、学習を行っていたという事がわかります。
キャリア教育という精神をこの時代に持っていたというのは驚くべき先進的考えです。
法政大学の建学の精神が、この当初からあったという事を如実に物語っています。

フランスの精神を受け継ぐ

自由と進歩の精神、これはフランスの精神です。
東京法学社が設立する際に関わった多くの人が、フランスより招かれ政府の法律顧問として勤めていたパリ大学の教授ボアソナードという方の門下生だったといいます。
自然法の思想を日本に紹介したという素晴らしい教授の元、よい指導を受けていたのです。
民法、刑法、治罪法などを起草し、たくさんの法律家を世に出した方です。

1881年、私立における代言社が禁じられたことで、東京法学社でも、大言局を閉鎖することになり、護法局飲みを独立させる形で、東京法学校を名乗ります。
その教頭に1883年、ボアソナード氏が就任しました。
1889年、仏学会により設立されていた東京仏学校と合併、和仏法律学校に改称、その時校長に、フランス民法典の訳を行った箕作麟祥が就任しました。

1899年、梅謙次郎が好調となり、卒業生対象のカレント教育のための高等科、英、独、仏の語学教育のための随意科などを設け、職を持っている校外生が画工発行のテキストで独習できるという講習生制度を作りました。
これもまた先進的です。
こうした新しい事を継続し、現代の校名、法政大学となったのは、大学令は発布された1918年から2年後、1920年の事でした。

1921年に麹町区富士見町、現在地に校舎を新築移転、1922年に法学部に文学科、哲学科などがある法文学部が誕生、以降、現代の明治大学になったのです。